台湾の鉄道の始まりが台北~基隆だった理由

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18世紀後半にイギリスで産業革命が起こって以来、鉄道は私達の生活に欠かせないものとなってきました。

台湾でも今や台湾新幹線が開通して南北縦貫する時代です。

九州よりもちょっと大きい台湾島の北から南まで1.5時間ちょっとで移動できるのです。

台湾には台湾新幹線の他にも島を一周するような形で鉄道網が整備されています。

台湾の鉄道路線図は日本人が趣味で作ったものが話題となりました。

路線図はこちら

1枚の紙に台湾全土の路線図が載っているのですが、こんなにも駅があるとは!?と思った人もいるはず。

意外と日本人は台湾のローカル線については無知なんですよね~。

さて、こんなにも発達した路線図ですが、台湾に一番最初に導入された鉄道ってどこか知っていますか?

それは台北~基隆の間で結ばれた路線だったのです。

全台鉄路商務総局鉄道と呼びます。

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台湾初代の鉄道路線

台湾で最初に建設された鉄道は清国(昔の中国)によるもので、1887年に始まります。(実際に開通したのは1891年)

今から約130年くらい前。

ちなみに、日本の鉄道は1872年(明治5年)に新橋ー横浜での開業が最初になります。

なので、台湾と日本では鉄道開通までに約10~20年ほど差があったということですね。

鉄道の発展は経済産業の発展に欠かせません。

人が動けば物が動く。

物が動けばお金が動く。

お金が動けば経済が動く。

ということです。

この鉄道の始まりは、後々に台湾の発展に大きく貢献していますので、台湾の歴史のターニングポイントと言っても過言ではないかもしれません。

全台鉄路商務総局鉄道の駅

台湾で最初に開通した鉄道は台北(臺北)ー基隆を結ぶ路線。

基隆(鶏籠)

七堵(八堵)

汐止(水返脚)

南港(南港)

松山(錫口)

台北(台北)

これが当時の駅リストで、カッコ内が当時の駅名。

ちなみに、当時の台北駅は現在のところではなく、中興医院と塔城街付近だとされています。

何故、基隆と台北が鉄道で結ばれたのか?

基隆には台湾で2番目に貨物取扱量の多い港(基隆港)がある。

(ちなみに、台湾で最も貨物取扱量の多い港は高雄港)

日本にも近いため、観光航路も存在します。

北は基隆港。

南は高雄港。

それぞれが台湾では主要な港ということになります。

歴史的にも基隆は非常に重要な拠点であり、いつの時代も港は政治的、軍事的に無視できません。特に海外との貿易・交流において航空網が発達していなかった昔は港の確保が第一。

基隆が港町として栄えるようになったのも、海岸線の地形が船舶の停泊ができ、海上から舟運によって内地へと荷物を運ぶための河川が発達していたことが理由として挙げられます。

とにかく、当時は基隆港が物流の始まりとなる拠点だったということです。

元々、台湾は台南へ中国から漢民族の移入することで開発されてきた歴史を持ちます。

それが1800年代中ごろには台北付近の開発まで広がっていたのです。

ちょうどその頃、アヘン戦争がきっかけとなり基隆港が貿易港として発展したため、基隆港の重要性が認識されていたことになりますね。

アヘン戦争とはアヘンの貿易(密輸)を巡って清国とイギリスの間で起こった戦争のこと。(1840~1842年)
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